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2005/9/19 地味なのにすごい記念碑
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国道7号線を走っていますと、秋田県の由利本荘市に「日本ロケット発祥記念之碑」なる案内看板を見ることが出来ます。
「日本ロケット発祥の地」
このロマンある響き。
子供の頃に星空を見ながら宇宙に行きたいと思ったあの日。
そんな宇宙への夢の一歩があるというのです。
それにしては案内看板も小さいし、そこに至る道も細いなぁと思いつつ、少し進むとこのような石碑が立っています。

石碑の中央にはロケットの絵が描かれてます。
石にロケットの彫り物がされていると妙な違和感を感じますね。
なんでも「昭和30年8月6日 国産初のペンシルロケットがこの海岸で打ち上げられた。」と書かれております。
そして「最初のロケットは全長23センチメートル,高度600メートルであったが,昭和36年打ち上げの
三段式ロケットカッパ9L型機は 全長 12.5メートル,高度350キロメートルと
長足の進歩を遂げた。」 と書かれています
最後に「世は正に宇宙時代,宇宙への夢はさらに大きく膨らむであろう。日本の宇宙時代の夜明けとなった
ロケット発祥の地 道川海岸を永く後生に伝えるため
岩城町誕生30周年を記念しこの碑を建立する。」
と碑文は占められております。
この碑文以外にはロケットにまつわるものは何も設置されておらず、日本海独特の寂しい風景が広がっているだけでした。

そもそも、なんで、こんなに寂しい海岸で日本初のロケットが打ち上げられたのでしょうか?
だいたい全長23pのロケットってどういうものなのでしょうか?
日本最初のロケットは東京大学の糸川英夫博士によって作られたペンシルロケットが最初と言われております。
このペンシルロケット。大きさは23p、燃料固体燃料で、いわばロケット花火の進化版のようなものらしいです。それでも、ロケットには違いないということですね
1955年4月12日、東京・国分寺の工場跡地にて、このペンシルロケットがはじめて発射されました。
そういう意味で日本ロケット発祥の地は国分寺ということになりそうなのですが、このペンシルロケットは「水平」に発射されたそうでして、まだ空には向かってない。
ということで、続いては打ち上げとなるのですが、国分寺あたりは国鉄が走っているため、ロケットが落下した場合迷惑となる。
となると、誰にも迷惑にもならないような、静かな、そして漁業が盛んでない海岸で打ち上げることが一番よいということで、この秋田県の道川海岸が選ばれたのでした。
つまりは「どうでもいい田舎の海岸」ということで、この海岸が選ばれたわけです。寂しい海岸なのは当然のことだったわけですね。
ある意味「ど田舎」と言われているようなものですが、しかし、それでも「ロケット発祥の地」ということは、誇りだとして、この石碑が作られたわけです。
しかし、相変わらず寂れたこの海岸の姿はどうしたものでしょうか?
もっとも花火大会とかがあるときにはかなり賑やかだそうでして、僕が行った時はたまたま寂しかったのかもしれないのですが。
ええと、日本最初のロケット発祥地である道川海岸は、巨大なロケットとは、まるで結びつきませんがロケット花火を上げるには、ちょうどいい感じの寂しさでした。 |
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